光ケーブル敷設が困難なふ頭へ「リピーター機能(WDS)」を活用して公衆Wi-Fiを敷設。クルーズ船乗客への無料インターネット提供を可能に

山形県港湾事務所 様

山形県港湾事務所 港湾振興専門員の西塔晋司氏(右)と、
サミット酒田パワー株式会社 技術部 課長代理の渡會禎介氏(左)

山形県港湾事務所では、外航クルーズ船の誘致活動が活発化している酒田港に公衆Wi-Fi設備を導入しました。敷地が広く光回線の引き込みや機器の設置が困難でしたが、離れた拠点間を無線通信でつなぐ「リピーター機能(WDS)」を活用することで、ルーターが設置された倉庫から距離のある乗客受入れエリアで安定した公衆Wi-Fi提供を実現。施工を含む初期・運用コストの課題も同時に解決しました。

概要

山形県の海の玄関口である酒田港の港湾施設全般を管理

周辺地域に経済効果をもたらす外航クルーズ船の誘致

山形県の海の玄関口として発展を続けてきた酒田港

大型の外航クルーズ船も停泊できる酒田港

最上川の河口に位置し、古くから日本海沿岸や内陸河川交通の要衝として多くの豪商が軒を並べてきた酒田港。1672年には、河村瑞賢による西廻り航路の開拓で繁盛し、北前船の寄港地として繁栄しました。戦後は1951年に「重要港湾」の指定を受けて以来、山形県の海の玄関口として着実に発展を続けてきました。1995年には韓国釜山港との間に国際定期コンテナ航路が開設され、2000年からはコンテナクレーンやCFS(コンテナ・フレイト・ステーション)上屋を備えた国際ターミナルが供用を開始。近年は、2003年に国土交通省の「総合静脈物流拠点港(リサイクルポート)」に指定され、北港地区を中心にリサイクル関連企業の立地・稼働が進んでおり、2011年には「日本海側拠点港(リサイクル貨物)」にも選定されました。また、2014年以降はコンテナ貨物取扱量が大幅に増加し「ポート・オブ・ザ・イヤー2016」にも選定されるなど、新たな時代の港へと躍進しています。この山形県の海の玄関口である、酒田港の港湾施設全般を管理しているのが山形県港湾事務所です。

外航クルーズ船の誘致活動

外航クルーズ船の寄港時には仮設テントを設置し
「おもてなしエリア」を展開する

現在、宿泊設備に加えてレストランやフィットネスクラブなどの各種施設を備えた大型客船で船旅を楽しむ、クルーズ人口が世界的に増加しています。特に外航クルーズ船の寄港は、観光やショッピングをはじめ寄港地域への経済効果が大きいことから、国土交通省でも「明日の日本を支える観光ビジョン」(2016年3月30日)の中で「訪日クルーズ旅客を2020年に500万人」という目標を掲げ、積極的なクルーズ振興に取り組んでいます。

このクルーズ振興について、山形県港湾事務所 港湾振興専門員の西塔晋司氏は、「山形県においても、酒田港を利用した外航クルーズ船の誘致は、外国人観光客の誘客拡大を図る有効な施策のひとつです。そこで現在、国・山形県・酒田市などで構成され、山形県知事が代表を務める『プロスパーポートさかた ポートセールス協議会』が、船の誘致や受入れを行っています。」と語ります。

山形県港湾事務所

山形県の海の玄関口である酒田港について、港湾施設全般の管理業務を手掛けている山形県港湾事務所。その事務所と同じ建物に設置されている、県内唯一の海洋博物館「山形県酒田海洋センター」では、酒田港の歴史、船舶、水産、航海、税関に関するパネルや模型など豊富な資料を展示しており、休日や大型客船の寄港時には多くの観光客でにぎわっている。

所在地

〒998-0036 山形県酒田市船場町2丁目5-15

山形県港湾事務所公式Facebook

目標・課題

クルーズ船の誘致にあたりWi-Fi設備の見直しが必要に

港湾内に県の施設がないため、民間企業の協力で光回線を敷設

離れた拠点間を無線通信でつなぐ「リピーター機能(WDS)」が課題解決の鍵に

クルーズ船の誘致にあたり求められたWi-Fi設備の見直し

Wi-Fi環境改善の苦労を語る西塔氏

誘致活動の効果もあり、外航クルーズ船が寄港するようになった酒田港では外国人乗客が急増しました。外国人乗客の中には日本で利用できるモバイル回線を持っていない方々も数多くいらっしゃいます。そこで山形県港湾事務所では、こうした方々へのおもてなしとして、無料のWi-Fiを提供しようと考えたのです。

しかし 酒田港で無料Wi-Fiを提供するには大きな課題がありました。酒田港では、これまで貨物ふ頭として利用していた古湊ふ頭をクルーズ船寄港にも利用していますが、受け入れの設備が、レンタルテントや、仮設トイレなど、すべてが仮設での対応となっていたのです。これは、分厚いコンクリートで固められた貨物ふ頭への電気や水道などの敷設には、コンクリート層の破砕や架線・配管後の埋め戻しなど膨大なコストが掛かるためで、当然ながらふ頭内には、Wi-Fiはもちろんインターネット回線設備さえ設置が難しい状況でした。

「2017年8月2日に乗客定員1,800名の外航クルーズ船が初寄港した際は、モバイル回線を使用するポータブル型のWi-Fiルーター(以下、ポータブルWi-Fi)を用いて、テント内でWi-Fiを提供しました。しかし、通信帯域の狭さや同時接続数の少なさなどが影響し、実際に利用された方々からはあまり良い感想が得られなかったのです。そこで、乗客の皆さまに快適に通信いただくためにも、Wi-Fi設備の見直しが求められました。」(西塔氏)

民間企業の協力を得て光回線の敷設が可能に

「少しでも地域活性化のお手伝いができれば嬉しい」と語る渡會氏

こうした背景から、山形県港湾事務所ではWi-Fi環境の改善に関する検討を開始しました。しかし、クルーズ船が着岸する岸壁は、その性質上、面積が広大で、なおかつ敷地内に県が管理する建物がないため、光回線の引き込みや機器の設置が困難な状況でした。ポータブルWi-Fiを用いるにしても、初寄港の際に使用していた機器では環境の改善が見込めず、また、他の商品でも酒田港での利用実績がないため、運用面での不安が残ります。
「安定した公衆Wi-Fi環境を提供するには、ポータブルWi-Fiではなく、やはり光回線敷設による固定設備が必要不可欠だと考えました。ただし、現在のところ客船寄港はまだ年数回のため、莫大な施工費のかかる常設のWi-Fi設備を施工するのは現実的と言えません。そこで考えたのが、ふ頭の敷地内まで光回線を敷設した後、乗客受入れエリアまでの回線接続を無線化するというアイデアでした。」(西塔氏)

そこで山形県港湾事務所では、ふ頭内に倉庫を所有する民間企業のサミット酒田パワー株式会社(以下、サミット酒田パワー)に対して、倉庫の一角に光回線の終端装置やルーターなどの機材を置かせてもらえるように依頼。まずはふ頭内への光回線敷設を実現しました。

「リピーター機能(WDS)」の利用でネット回線引き込みを無線化

こうしてサミット酒田パワーの全面的な協力を得て、山形県港湾事務所ではふ頭内に対する光回線の引き込みを実現しました。しかし、機材を設置した倉庫から公衆Wi-Fiを提供する乗客受入れエリアまでは、直線で約70mの距離があります。しかも寄港時には、その間を観光バスなどの車両が多数行き来することになっていたため、そうした外的要因による影響を受けることなく、安定した無線通信を実現する方法が必要でした。

そんな時、バッファローのカタログで見つけたのが、ビル間など離れた拠点間を無線でつなぐ「リピーター機能(WDS:Wireless Distribution System)」対応の屋外向け無線LANアクセスポイント「WAPM-1266WDPR」でした。

西塔氏は「すぐにバッファローへ問い合わせ、酒田港の環境下でも『WAPM-1266WDPR』のリピーター機能(WDS)による拠点間通信が実現可能なことが分かりました。他社商品との比較も行いましたが、『WAPM-1266WDPR』は他社の屋外対応商品と比べて安価であったことから導入を決めました。」と語ります。

解決策

仮設できる屋外用無線LANアクセスポイントを選定。配線にもひと工夫

屋外での耐久性や同時接続数などが最適

導入商品

11ac/n/a & 11n/g/b同時使用
防塵・防水耐環境性能 法人様向け
無線LANアクセスポイント

11ac/n/a & 11n/g/b同時使用
法人様向け無線LANアクセスポイント

公衆Wi-Fiサービス「フリースポット」導入キット

レイヤー2 Giga PoEスイッチ

ハイパワー PoEインジェクター 1CHモデル

屋外用無線LANアクセスポイントの設置箇所や配線を工夫

こうして倉庫から公衆Wi-Fiを提供する「おもてなしエリア」までの無線化に関する問題は解消できましたが、次に問題となったのが無線接続元の「WAPM-1266WDPR」設置箇所と、そこまでの配線でした。リピーター機能(WDS)を用いた拠点間の無線通信では、両方の機器間に障害物がないことが望まれます。そこで観光バスなどの車両が行き交う今回の場所では、車両よりも高い3~4mの位置に機器を設置することが求められたのです。

「屋根からの排水管を利用して高い位置に『WAPM-1266WDPR』を設置しました。しかしここへ『WAPM-1266WDPR』の常設はできないため、商品に付属している着脱式の取付金具を利用して、本体はクルーズ船の寄港時以外は取り外せるようにしました。ルーターからのLAN配線も30メートルのドラム巻き取り式LANケーブルを3巻つなぎ合わせたもので対応できましたので、非利用時の保管および施工にかかるコストを抑えられます。さらにLANケーブルのみでデータ通信と電力供給を行うことができる「PoE」(Power over Ethernet)で電源供給できるため、別途屋外へ電源を敷設する必要もありません。無線接続先となる乗客受入れエリア側の『WAPM-1266WDPR』については、Wi-Fi機器の持ち出しに使う軽トラックに支柱を立てて同じ高さに機器を設置するという方法をとっています。この軽トラックには『WAPM-1266WDPR』と支柱のほか、電源となる発電機やクライアント接続用の無線LANアクセスポイント『WAPM-1266R』とPoEスイッチ『BS-GS2008P』など、乗客受入れエリアへ公衆Wi-Fiを展開するための機器一式を積んでいます。クルーズ船の寄港時にのみ、乗客受入れエリア中央の『おもてなしエリア』に移動させて発電機を下ろし、荷台に『WAPM-1266WDPR』を取り付けた支柱を立て、クライアント接続用の『WAPM-1266R』を『おもてなしエリア』のテントに取り付け、PoEスイッチ『BS-GS2008P』ですべての無線LANアクセスポイントをつなぎます。つまり、軽トラックを用いた『移動式公衆Wi-Fi基地局』というわけですね。これにより、乗客受入れエリア側の『WAPM-1266WDPR』を設置するための支柱を立てる工事なども不要となりました。」(西塔氏)

乗客受入れエリア側の機器を展開すれば、あとは双方の「WAPM-1266WDPR」をWDSで接続するだけでネット回線につながり、「おもてなしエリア」で公衆Wi-Fiの提供が行えるようになります。

酒田港のネットワーク構成図

無線接続元となる「WAPM-1266WDPR」をサミット酒田パワーの倉庫の排水管に仮設

「おもてなしエリア」側の「WAPM-1266WDPR」は、荷台に立てた支柱に仮設。未使用時、発電機・各機器はこの軽トラックに格納される。

屋外での耐久性や同時接続数が運用にマッチ

各商品について、西塔氏は「屋外用無線LANアクセスポイント『WAPM-1266WDPR』は『JIS-2137』で定められた『IP55規格』対応の雨風にも耐えうる防水防塵性能を持っており、さらに内部の基盤は耐腐食コーティングが施されているなど、常に潮風が吹き付ける港湾内で使用するのに十分な耐環境性能を有しています。また動作保証温度も-25℃から55℃までと幅広く、夏は蒸し暑く、冬は日本海からの冷たい雨風に曝される通期での寒暖差の激しい酒田港の環境にも十分に対応できます。公衆Wi-Fi提供用の無線LANアクセスポイントに関しては、距離が離れても電波が弱まりにくい2.4GHzと、高速通信を実現する5GHzの両方に対応し、なおかつ無線LANアクセスポイント1台あたり最大256台の端末を同時に接続できる『WAPM-1266R』を採用しました。いずれの商品も、気象・航空レーダーなどの干渉があった際に自動で干渉のないチャンネルへ切り替える『DFS(Dynamic Frequency Selection:動的周波数選択)障害回避機能』や、Wi-Fi以外の機器から出るノイズを自動で検知・回避する『干渉波自動回避機能』を搭載しており、安定した通信を実現できるという点も大勢のお客様が来訪されるクルーズ船受入れの場面にはふさわしいと考えています。」と語ります。

効果

リピーター機能(WDS)を用いてクルーズ船の寄港時に公衆Wi-Fiを提供できる環境が実現

安定した通信環境に加えて、初期および運用のコスト低減効果も実現

リピーター機能(WDS)を用いて公衆Wi-Fiを提供できる環境が実現

仮設テント内に掲示された公衆Wi-Fiの接続ガイド

こうして山形県港湾事務所では、酒田港の古湊ふ頭内において、屋外用無線LANアクセスポイント「WAPM-1266WDPR」2台、屋内用無線LANアクセスポイント「WAPM-1266R」2台、不特定多数が利用する公衆Wi-Fiに求められるセキュリティーを提供する認証ゲートウェイ機器として「FS-600DHP」1台を導入。外航クルーズ船の寄港に合わせて、リピーター機能(WDS)を用いた公衆Wi-Fiを提供できる環境が整いました。

その成果について西塔氏は、「初運用となった2018年7月1日の大型クルーズ船の寄港時は通信状況も良好で、訪れた乗客の皆さんが旅行写真をSNSに投稿したり、地元の観光スポットや名産を調べたりといった際に快適な通信環境を提供でき、大変満足できる結果となりました。また7月17日の再寄航時には、乗客のみならず乗組員が自国の家族たちとテレビ電話を楽しむ様子も見かけられ、酒田港の公衆Wi-Fiの認知度が高まったことが感じられました。」と語ります。

安定した通信環境に加えてコスト低減効果も

取材日は定員1,800名のイタリア船籍のクルーズ船が寄港。

山形県港湾事務所ではより運用しやすい公衆Wi-Fi環境の実現を目指し、軽トラックに立てる「WAPM-1266WDPR」仮設用の支柱に替わって、乗客受入れエリア内に新たに開設した観光案内所の壁面に支柱を常設するそうです。

「今回の導入で、ふ頭内でも公衆Wi-Fiを安定的に提供できる安心を得ることができました。また経費の面でも、初期費用はポータブルWi-Fiを数回レンタルする程度の金額に抑えられましたし、今後の運用面でも固定回線料およびプロバイダ料金程度と、安価に維持できると見込んでいます。」と西塔氏。

倉庫から公衆Wi-Fiを提供する「おもてなしエリア」までは約70mですが、有線接続での常設環境を構築する場合、100mものケーブルを埋設する必要があります。軽トラックを用いた仮設の公衆Wi-Fi基地局というアイデアによって、その施工にかかる多大な費用や手間も削減されました。

最後に西塔氏は「本件の実現にあたり、機材設置場所の提供だけでなく、建物の図面の提供、配線や設置の助言、機材設置に関する資材の提案まで親身に対応していただいたサミット酒田パワー様には、本当に感謝しています。また、地元取扱店の株式会社メコム酒田支店様には様々な要求に迅速に応えていただきましたし、これまで港湾での『リピーター機能』(WDS)運用例がないということで、バッファローの担当者からも機器設置の方向や高さ、距離、障害物の有無など、さまざまなケースでの通信状況をテストしていただき大変助かりました。皆さまのご協力により、仮設の公衆Wi-Fi基地局というアイデアを具現化することができました。今後酒田港を訪れる多くの方々から、この快適なWi-Fi環境を利用して、山形県の魅力をたくさん楽しんでもらえれば嬉しいですね。」と語ってくれました。


取材後記

取材で酒田港の古湊ふ頭を訪れた際、ちょうど外国籍の大型クルーズ船が寄港していましたが、まるでホテルの建物がそのまま船になっているかのような巨大な船体に圧倒されました。「おもてなしエリア」では、乗客たちが地元の名産品に舌鼓を打ちながら談笑している光景や、乗組員が母国の家族とビデオ通話を楽しんでいる姿も。今後もこうしたクルーズ船の誘致を通じて、地域の活性化や、地元の方たちとの心温まる交流が増えていくことに期待したいです。


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