美濃加茂市内の全公立保育施設に無線LANアクセスポイントを設置 保育サービスの新たなしくみづくりを目指し、保育士支援システムを開発・導入
美濃加茂市 様
岐阜県美濃加茂市は、慶應義塾大学の取り組みを踏まえ開発された、介護用アプリ「MIMOTE(ミモテ)」を提供する一般社団法人気づきデータ解析研究所とともに、新たな保育用アプリを鳥取県米子市と共同で開発。2016年6月から2017年3月にかけて、市内の9つの公立保育園・認定こども園に導入しました。導入に伴い、必要な台数のタブレットと、Wi-Fi(無線LAN)アクセスポイント「WAPM-1166D」・「WAPS-300WDP」を各保育施設に設置。保育現場の気づきを手軽に記録し、保育の質を高めることに加え、保育士のスキルアップを実現する新たな保育サービスのしくみづくりに取り組んでいます。
取材協力
美濃加茂市立古井第一保育園
一般社団法人気づきデータ解析研究所
有限会社オフィスフジタ
概要
岐阜県中南部のおける商工業の中心地、美濃加茂市
保育士不足に伴う諸問題解決を目指した「保育版MIMOTE」
国道・JR・東海環状自動車道が交差する交通の要衝地
美濃加茂市は、岐阜県中南部に位置し、木曽川と飛騨川の合流点にある市。江戸時代には、中山道51番目の宿場「太田宿」として賑わい、その様子は歌川広重の「木曽街道六十九次」の「太田」にも描かれました。また木曽川河畔の風景は、ヨーロッパのライン川と似ていることから「日本ライン」と呼ばれ、川下り遊覧に多くの観光客が訪れました。この地は、国道21号・41号・248号、JR(美濃太田駅)、東海環状自動車道(美濃加茂IC)などが通る交通の要衝でもあり、大手企業の製造拠点として、数多くの工場・工業団地が立ち並んでいます。また約1,000年の歴史がある特産品「堂上蜂屋柿」をはじめ、全国有数の地域食品ブランドとしても評価を得ています。
ICT導入により保育サービスのしくみを根本から改善
美濃加茂市内では、公立保育園・私立保育園・認定こども園等、あわせて15の保育施設を運営し子育て支援を行っています。全国規模で社会問題となっている保育士不足は、美濃加茂市でも同様。待機児童数については、平成29年4月にようやく解消されましたが、正職員の保育士不足とそれに伴う保育士の業務過多、離職率の高さが、引き続き深刻な課題となっています。
健康福祉部こども課では、課題解決のための一方策として保育施設へのICT導入を検討。介護用アプリ「MIMOTE」の保育版を開発・導入し、保育サービスのしくみを根本から改善すべく、独自の取り組みをスタートしました。
美濃加茂市 健康福祉部 こども課
美濃加茂市内の保育園・認定こども園・地域型保育事業所の他、児童館等の子供向け施設を管理・運営。児童手当、母子家庭支援、出産支援、児童相談や教育相談等、幅広いサービスを行い、地域の子育ての支援を行っている。「児童発達支援センターカナリヤの家」では、ことば・運動・社会性等の発達につまずきや心配のある子のための指導を行い、健やかな発達を促す活動を行っている。
目標・課題
若い保育士が育ちにくく、保育の質が上らない現状
既存の介護用アプリをもとに、保育用アプリを独自開発
徹底した現場視察・有識者ヒアリングと検証を実施
時間的余裕がないため保育士同士のコミュニケーションが希薄に
保育士が不足すると、保育士一人あたりの業務が増え、時間的な余裕がなくなります。その結果、連絡帳や日誌を書く時間がとれず、保育士同士のコミュニケーションがなくなっていることが大きな問題だと話すのは、自身も保育園の園長を務めたことのある古川氏。「今の保育は、保育士一人ひとりの努力でようやく成り立っている状態。本来なら、新人の保育士は先輩に付いて現場研修を行い、必要な知識やノウハウを身に付けた上でクラスを持つべきですが、そんな余裕はありません。就職するとすぐにクラスを受け持って、試行錯誤しながら子供たちを見なくてはならないのが実情です。先輩や園長も忙しいため、新人に対して十分な指導ができず、若い保育士が誰にも相談できないまま仕事をしている。そんな状況では保育の質が上がりませんし、結果、ストレスで辞めていく保育士が後を絶ちません。」
同じ悩みを持つ介護現場のICT導入事例を参考に
美濃加茂市では行政サービスのICT化を進めており、保育施設にもPCの導入を進めてきましたが、これまで十分な成果は上がっていませんでした。保育サービスのしくみを変えるような画期的な方法はないかと調査を進めるうちに、斎木氏の目に止まったのが、「MIMOTE」という介護用アプリでした。
「MIMOTEは、被介護者の日々の状態を介護士がスマートフォンに記録し、そのデータを分析・フィードバックすることでケアの質を高め、同時に介護士のスキルアップにも活かすシステムです。介護士不足による問題の改善とケアサービス向上を目的に開発されたものですから、同じ問題を抱える保育サービスにも活用できるのではないかと考えました。」
早速、MIMOTEの開発元である気づきデータ解析研究所に、保育版の開発を相談。美濃加茂市と同様に保育サービスのICT化を検討していた鳥取県米子市との連携が決まり、2016年6月から事業を開始しました。
MIMOTEウェブサイト
保育現場の密着取材と検証をもとにアプリを開発
保育版MIMOTEの開発にあたり、気づきデータ解析研究所の高山氏は、斎木氏・古川氏らとともに保育現場の視察や有識者ヒアリングを実施。時には丸一日、保育士に密着取材しながら、入力項目や運用方法の検証を行いました。
「実際に現場を見てわかったのは、保育と介護の現場は似ているようで全く違うということ。たくさんの子供たちが常に動いていて、一瞬たりとも目が話せないような状況で、入力作業を行うのはまず不可能です。また連絡帳や日誌などの手書き書類もたくさんありますから、入力にあまり多くの時間は割けません。短時間ですぐに入力できるものにしないと運用は難しいと考えました。」
保育用MIMOTEの入力項目は「挨拶」「食事」「排泄」「活気」「筋力」「一人行動」「対人」「その他」の8項目。
入力したい項目を選んで3段階評価し、必要に応じてコメントを付けることができる
小児科医の意見も踏まえながら検証した結果をもとに、入力項目は21項目から8項目に削減。端末は常に持ち歩くスマートフォンではなく、大きくて見やすいタブレットに変更し、職員室での入力を前提としました。米子市の保育施設でも同時に運用試験と意見聴取を行いながら、約半年間かけて保育版MIMOTEを完成させました。
解決策
屋内に「WAPM-1166D」を、屋外に「WAPS-300WDP」を設置
導入商品
各保育施設の事情をふまえながら、使用機器と設置場所を検討
MIMOTEを導入するためには、入力用の端末とインターネットに接続できる環境が必要なため、今回導入の対象となった9つの保育施設にインターネット回線を新設しました。設備を担当した有限会社オフィスフジタの藤田健志氏(以下藤田氏)は、各施設の図面をもとに無線LANアクセスポイントの設置場所を検討。屋内用には「WAPM-1166D」を、屋外用には「WAPS-300WDP」を提案しました。
古井第一保育園では、1階と2階の廊下に「WAPM-1166D」を設置。
PoE給電対応のため、配線はLANケーブル1本だけで電源工事は不要
「無線LANアクセスポイントの設置については、できるだけ少ない台数で、職員室を中心にすべての教室・廊下に電波が届くよう配慮しました。屋外に設置したアクセスポイントは、主に登降園管理用です。登降園の記録は、保育施設がお子さんを預かる時と返す時に行うのですが、場所が玄関だったり園庭の入口だったり、施設によっていろいろなのです。中には建物から30m近く離れた場所で記録を行う施設もあったため、離れた場所でも電波が弱まりにくく、耐環境性に優れた『WAPS-300WDP』を選びました。」
効果
「保育版MIMOTE」は子供と1対1で向き合えるアプリ
登降園管理のICT化で、保育士の負担を軽減
スタッフ間のコミュニケーションが円滑化
保育の現場に機械を持ち込む不安と抵抗感
導入対象となった9つの保育施設には、事前に説明会を行い、意見聴取を行いましたが、その反応は決して好意的なものではありませんでした。ただでさえ忙しく時間が足りない中、入力作業は保育士の負担を増やすことにならないか。そもそも子供を項目別に評価することなどできるのだろうか。古井第一保育園の佐合弥生園長(以下佐合園長)も、当初は疑心暗鬼で、否定的な考えしか浮かばなかったといいます。
「子供には一人ひとり個性があります。保育は1対1で子供と向き合い、触れ合うことが基本。子供に項目を当てはめて3段階で評価するなんて、あり得ないと思いました。また私自身がパソコンに疎いこともあり、保育の現場に機械を持ち込むことにも抵抗感がありました。でも斎木さん、古川さん、高山さんから丁寧な説明を受けるうちに、MIMOTEの本質がだんだんわかってきました。決して子供同士を比べて評価するわけではない、一人ひとりの子供をしっかり見て、その時々の状態をちゃんと記録し保育に活かすという考え方には賛同できましたし、ただ反対していても問題は解決しません。とにかく一度やってみようと考え直しました。」
保護者の協力で登降園管理が確実かつスムーズに
古井第一保育園では、2016年10月から試用版アプリを使った試験運用が開始されました。最初は戸惑っていた保育士たちも、慣れるにつれて入力のコツがつかめるようになり、大きな混乱はありませんでした。登降園管理については、タブレットの入力を保護者に行ってもらう必要がありましたが、無事協力を得ることができました。
「今までは、お子さんを預かる時とお返しする時に、保育士が手書きで時間を記録していました。でもたくさんの子供と親御さんが行き交う中で、漏れなく記録をするのは結構大変な作業なのです。保護者の方に記録していただけるようになり、登降園時の緊張から解放されたのは、保育士にとってはかなりありがたいことですね。」
保育士の負担が減るだけでなく、記入漏れの心配がなくなること、正確な時間が記録されること、紙の出勤簿を保管する必要がなくなることなど、様々なメリットを実感しているという佐合園長。登降園の記録は子供の名前を選んでボタンを押すだけ。わずか数秒で済むため、保護者への負担は少なく、今のところ支障は出ていません。
今まで気づかなかった保育士の頑張りが見えるようになった
試験運用開始から約8ヶ月。保育版MIMOTEの効果はすでに現れ始めているようです。
「以前は、保育士がちょっとしたことに気づいても、すぐに対応できずに後回しにしてしまい、結局そのままになってしまうことがありました。今は気づいた時にとりあえず記録しておけば、後で思い出して対応することができます。私が記録を見て、何か気になることがあれば、保育士にアドバイスすることもできます。保育士同士で記録を見ながら質問し合ったり、相談し合ったりする場面も見られるようになりました。」
佐合園長は、さらに予想しなかった意外な効果にも気づいたといいます。 「記録やコメントを読むようになって、保育士たちのことを今まで以上に理解できるようになりました。今まではダメなところばかりが目立っていた保育士が、実は一生懸命頑張っていたんだなと、認めることができるようになりました。注意やアドバイスだけでなく、褒める機会が増えたことは、お互いにとってプラスになっています。」
入力は主に職員室で行う。古井第一保育園では、朝の会の後に1度。あとはお茶休憩や給食など、子供が落ち着いている時間を見計らって、保育士が自分のタイミングで入力する
他の市町村でもぜひ利用してほしいという佐合園長の言葉に、思わず目を細める斎木氏と古川氏。美濃加茂市の新たな取り組みは、日本の保育サービスのしくみを変えるきっかけになるかもしれません。
取材後記
気づきを随時記録に残し、スタッフ間で共有する。そんなシンプルな作業がサービスの質の向上やスタッフのスキルアップにつながることを知り、目から鱗が落ちる思いでした。斎木氏は今後、母子手帳や健康診断のデータとも連動させて、0歳から中学卒業まで子育てを支援できるようなシステムに拡大していくことも視野に入れているそうです。またこのシステムは介護や保育だけでなく、さらに多くの業務にも活かせそうです。MIMOTEの今後に期待しています。