授業計画にICT活用授業実施チェックを盛り込む「菊川方式」。すべての市立小・中学校に無線LANを導入し、学校・教員のICT活用による授業改善をサポート

菊川市教育委員会 様

菊川市教育委員会 教育長 石原 潔 氏(以下、石原氏)

菊川市教育委員会では、ICTを活用した授業のための環境整備を実施。すべての市立小・中学校に、学習用のタブレットを配布するとともに、無線LANネットワークの導入を進めています。今年度、工事を実施した2校の中学校には、無線LANアクセスポイント「WAPM-1750D」計37台を設置。1クラス35名の生徒が同時にタブレットを使用できる環境を整えました。来年度はさらに6校の小学校へ無線LANを導入予定。インフラだけでなく、学校・教員の意識向上や研修にも力を入れ、真に児童・生徒のためになるICT活用教育を推進しています。

取材協力

静岡日電ビジネス株式会社

概要

遠州と信州を結ぶ南北交通の要所として栄えた小笠地域

ICT教育推進のための環境づくり

「お茶のまち」から「ハイテク産業のまち」へと広がりを見せる菊川市

6,000ヘクタールにも広がる牧之原台地の大茶園

6,000ヘクタールにもおよぶ牧之原台地の大茶園

菊川市は、静岡県西部に位置する人口約4万6千人の都市。2005年に小笠郡菊川町と小笠町の合併により誕生しました。古くは遠州と信州を結ぶ「塩の道」など、南北交通の要所として栄えた地域です。縄文・弥生時代からの遺跡をはじめ、国指定の重要文化財や史跡など数々の歴史・遺産に触れることができます。温暖な気候にも恵まれ、市の東部には明治初頭の大規模開拓による「日本一の大茶園」牧之原台地が広がり、「お茶のまち菊川」として広く知られています。

茶・水稲・施設園芸などの農業の他、近年は製茶機器・自動車用部品・精密工作機械などの工業都市としても注目されています。緑に囲まれた工業団地には自動車関連を中心とした企業が立ち並び、「ハイテク産業のまち」として躍進するとともに、自然環境の保全を配慮する企業、公害防止を重視し、市民にやさしい街づくりを目指しています。

2018年までにすべての市立小・中学校へ無線LANを導入し、タブレット授業をスタート

石原氏が教育長に就任した2007年、静岡県内では、教員に1人1台のパソコンを配布する自治体が増えていましたが、菊川市ではまだ実施されていない状況でした。ICT教育の推進が急務だと考えた石原氏はその後、市立小・中学校を対象に、教員用パソコンの配布、教室へのネットワーク敷設、大型ディスプレイの設置などを実施。同時に学校・教員に対する啓発活動を実施しました。

2014年には、教員用タブレットを配布。翌2015年から4年計画で、生徒用タブレットの配布と無線LAN導入を実施。2018年には、すべての市立小・中学校への無線LAN導入が完了し、本格的なタブレット授業を開始する予定です。

菊川市教育委員会

 菊川市教育委員会 様

菊川市教育委員会は、菊川市 教育文化部 学校教育課との連携により、市内の公立小学校9校・公立中学校3校の組織編制、教育課程、教材等の事務管理、および社会教育、学術、文化等に関する事務管理を行い、地域の子供の学力向上、豊かな個性と創造力の育成に努めている。事務所は、小笠図書館・小笠児童館と同じ敷地内の中央公民館内。児童・生徒数は、小学生2,661人、中学生1,244人(2017年5月時点)。

所在地

〒437-1514 静岡県菊川市下平川6225番地

電話

目標・課題

まだ教員用パソコンの配布がなかった11年前の菊川市

市内のすべての市立小・中学校に無線LANネットワークを

教員用パソコン配布の有無が、教員の募集にも影響

状況について語る石原氏

菊川市の中学校に赴任した11年前の状況について語る石原氏。
当時はまだ学校に教員用パソコンの配布がなく、
個人所有のパソコンを持ち込んで仕事をしていたという

石原氏はもともと中学校の教員でした。まだパソコンが普及していなかった1990年代の初めに、いち早くICTに興味を持ち、独学でパソコンの使い方を修得。将来必ずパソコンの時代がやってくる、学校もそのための準備を進めなくてはいけない、と考えていました。

石原氏の予見通り、その後パソコンは社会に広まり、多くの自治体でICT教育に対する取り組みが始まりました。しかし、その進度は自治体によって大きく異なっていました。石原氏が、出身地である菊川市に中学校の校長として赴任することになった2006年に、市内の学校に導入されていたのは、校務用の共有パソコンのみ。教員は必要に応じて個人所有のパソコンを持参して授業に活用している状況でした。

「実は、市外の中学校に優秀な先生がいて、ぜひうちの学校に来てほしいと声をかけたことがあったのですが、すぐに断られてしまいました。理由を聞いたところ、『菊川市の学校には教員用パソコンの配布がない、自分でパソコンを用意する金銭的な余裕もないから、いま菊川市の学校には行けない』と言うのです。これはショックでした。一刻も早く改善しなくてはいけないと思いました。」

パソコン・有線LANネットワーク導入から、さらにタブレット・無線LAN導入へ

翌2007年、石原氏が菊川市教育委員会の教育長候補として推薦されました。石原氏は、これを市の教育方針を見直すチャンスだと考え、市立小・中学校へのICT導入を進めること、その第一歩として、すべての常勤の教員にパソコンを配布することを条件に、教育長を引き受けることにしました。

就任後はさらに、すべての市立小・中学校に有線LANネットワークを整備。合わせて、パソコン画面を投影するため50インチの大型ディスプレイをすべての普通教室へ導入し、パソコンを活用した授業を行える環境を整えました。2014年には、パソコンからタブレットへという時代の流れに合わせ、それまで定期的に行っていたパソコン教室に常設の児童・生徒用PCの買い替えを一旦見送り、その費用を1教員1台のタブレット導入に充てました。

「これからはタブレット授業の時代になると言われていましたが、教員の中には電子機器が苦手だったり、授業へのICT活用に懐疑的な人もいました。ですからまずは教員にタブレットの良さを知ってもらうことが先決だと考えました。1人1台ずつタブレットを渡して、すぐには仕事に使えなくてもいい、とにかく触れて、慣れてくださいと伝えました。」

翌2015年からスタートした地方創生事業「菊川市まち・ひと・しごと創生総合戦略」の一環として、教育委員会はタブレット授業を実施するための環境整備を提案しました。市内のすべての市立小・中学校を対象に、授業用タブレットの配布と無線LANネットワークの構築を実施。来年度の完了を目指して、工事が着々と進められています。

解決策

採用の決め手は「公平通信制御機能」と全国教科用図書卸協同組合の認定

2教室に1台でも余裕でつながる通信性能

導入商品

法人様向け11ac/n/a、11n/g/b
同時使用 インテリジェントモデル
無線LANアクセスポイント

IEEE802.af/at対応
ハイパワーPoEインジェクター
1CHモデル

「WAPM-1750D」発売をきっかけに、採用機器を見直し

静岡日電ビジネス株式会社 泉氏

機能・性能とコストのバランスの良さに加え、
全国教科用図書卸協同組合の認定機器だったことが、
「WAPM-1750D」採用の決め手になったと話す泉氏

菊川市の小・中学校無線LAN導入計画は、今年で3年目。昨年度までに1中学校・3小学校への施工が完了しました。今年度はさらに、2つの中学校への無線LAN導入を実施。そこで採用されたのがバッファローの文教向け無線LANアクセスポイント「WAPM-1750D」でした。施工を担当した静岡日電ビジネス株式会社 公共システム営業部の泉調(いずみ しらべ)氏(以下、泉氏)は、採用の経緯をこう語ります。

「昨年度までに工事を行った4校には他社製のアクセスポイントを採用していましたが、教育長ならびに菊川市様の想いに応えられる安心・安全に運用できる環境をご提供するために改めて機器を選定し直すことにしました。その際、バッファローの文教向け無線LANアクセスポイント『WAPM-1750D』に搭載されている『公平通信制御機能』に着目。デモ機をお借りして通信テストを行ったところ、非常にいい結果を得ることができ、またコスト的にも他社商品より有利だったため、本機を選び、教育委員会に再提案することにしました。全国教科用図書卸協同組合の認定機器だということも、選定の大きなポイントになりました。」

2教室に1台の設置により、導入費用を軽減

iPadは、充電しながら保管が可能な専用ラックに収納

iPadは、充電しながら保管が可能な専用ラックに収納。
必要に応じて各クラスへ持ち出している

「『WAPM-1750D』は、100台のタブレットの同時通信が可能なため、設置台数は2クラスに1台とし、教室内ではなく廊下に設置することにしました。現在、菊川市の小・中学校は1クラス約35名ですから、仮に2クラス同時に使用したとしてもまだ余裕があります。廊下に設置した場合、教室の壁やドアが障害になりますが、電波環境調査を実施したところ全く問題ありませんでした。」

アクセスポイントがクラス数の1/2の台数で済んだこと、すでに有線LANネットワークが整備されており配線工事が不要だったことにより、導入費用を軽減することができたと話す泉氏。「WAPM-1750D」への給電には、PoEインジェクター「BIJ-POE-1P/HG」を採用し、フロアースイッチなど既設の機器はそのまま生かして給電機能のみを追加することができました。

菊川西中学校の廊下に設置された「WAPM-1750D」

菊川西中学校の廊下に設置された「WAPM-1750D」。本機への給電用に増設されたPoEインジェクター「BIJ-POE-1P/HG」は、すぐ横にある機器収納盤や天井裏に収められている

効果

教員のスキルと意識を向上するための取り組み

「ICTを活用した指導ができる」教員が94%に

ICT活用の質を高める改善手法「菊川方式」

タブレットの画面を大型ディスプレイに映すことで、授業の進行がスムーズに

ICTを活用した授業をより効果的に実施する「菊川方式」。
各学校・教員に対して授業計画のポイントを提示することで、
市全体の授業改善を図っている。

菊川市教育委員会では、機器やインフラを整備するだけでなく、ICTを活用した授業をより効果的に実施するための活動を行っています。その一つが「菊川方式」。目標を達成した子供の姿を具体的にイメージして授業を構想する「評価」、一人一人の学びの姿に目を向ける「考えづくり」、一人一人に目的意識や必要感をもたせる「課題提示」の3つのポイントを重点においた授業改善手法をとりまとめ、各学校・教員に徹底することで、市全体における授業の質の向上を図っています。今年度からは、シラバス(授業計画)にもICTを活用した授業の実施有無に関するチェック項目が追加されました。

「せっかく環境を整えても、活用してもらわなくては意味がありません。先生方にそれをちゃんと活用してもらうことが重要なのです。」と語る石原氏。「授業の中でデジタル機器をどのように活用していくか、これを授業計画の段階から、先生方にしっかり考えてもらって、それを実践し、検証してもらう。私が校長時代に行っていたことを、いまは教育委員会の立場から、各学校に行うようにと働きかけています。」

ICT教育の発展には、自治体・学校・メーカーの相互協力が必要

菊川市のこうした取り組みは、着実に実を結び、昨年度の調査では「授業中にICTを活用して指導することができる」と回答した教員が94%になりました。これは静岡県の平均より10%以上高い数値です。また、ある中学校で行ったアンケートでは、「ICTの活用により授業がよくわかる」と回答した生徒が93%を数えました。今後は全児童・生徒を対象に同様のアンケートを実施し、ICT教育のさらなる改善に取り組んでいきたいと考えています。

「子供たちにとって何が必要で何が大切か、それを考えれば、デジタル機器は必ず役に立つはずです。授業の最初から最後までICTに頼れというのではなく、三角定規などの道具を使うのと同じように、デジタル機器を活用すればいいのです。最初は面倒だと思っていた先生にとっても、ICTを活用するスキルを身につけたことは必ずプラスになっているはずです。」と胸を張る石原氏。

菊川西中学校で行われた、
タブレットを活用した授業の研究会の様子

「ただ、ICTを活用した教育はまだ黎明期で、学校も、メーカーも、より効果の高い授業のやり方を模索しているところです。メーカーさんにも協力していただき、実際の教育の現場で機器やソフトウェアを使う機会を増やしていく。私たちはその結果をフィードバックして、よりよい商品を作ってもらう。いまの教育現場には、そういう努力が必要なのだと思います。

さらに体育の授業でも、ダンスや跳び箱などの様子をタブレットで撮影し、動画で体の動きをチェックできるようになったとのこと。体育館やグラウンドには大型ディスプレイがありませんが、タブレット単体でも様々な利用価値があることを実感しているそうです。


取材後記

取材をして何より強く感じたのは、石原氏のICT活用教育に対する熱意と行動力でした。その源にあるのは言うまでもなく、教育現場を改善し、子供たちに良い教育の場を与えたいという思い。教員時代、校長時代に培った経験とノウハウを活かす手法は、他の自治体ですぐに踏襲できるものではありませんが、その考え方と取り組み方は大いに参考になるのではないかと思います。私たちもできるかぎり協力させていただき、より良い学校づくりに貢献していきたいと思います。


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